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蘭読蘭文 (1)

2015年4月15日 - 蘭読蘭文 / 連載


文/絵  大石蘭

第1回  植物と文化と女
( 
巌谷國士『幻想植物園 花と木の話』PHP研究所  )

 

書店で手に取るとき、洋菓子店のショウウィンドウを見ているのに似た気分になるような本がある。
背や表紙やタイトルの美しさ、鮮やかさ、かわいさに惹かれて、そしてじっくり眺めて、持ち帰って味わってみたくなる感じ。
宇野亜喜良の繊細で色気のあるイラストレーション、「幻想」と「植物園」という字面と語感、緑の帯に銀の印刷。そして、巌谷國士という著者。そのすべての調和が、誘ってくる。

巌谷國士『幻想植物園 花と木の話』はそういう本で、1年ほど前に出版されてから何度も買おうとした。
1年経ってようやく買って、落ち着いて読もうという気になったのは、1980年代の日本文化を中心に研究していた修士論文から解放されて、やっと純粋に楽しむ余裕ができたからかもしれない。
思えば研究への好奇心も、ときめきから始まったはずなのだ。
雑誌とか絵とかファッションとか音楽とか、自分の好きなものや惹かれるものは、一見つかみどころがないようで、実はなにかひとつの軸のもとにつながっているということ。
かわいいものと、重厚なものは、同居することができるという、自由さ。
この本はそんな初心を思い出させてくれた。

黒と金の二色のインクで刷られた薄い紙の扉をめくると、”Botanical Gallery”と題された16ページのカラー口絵。エッセイがはじまる前に、宇野亜喜良によるイラストレーションの世界が繰り広げられる。
それは本文に登場する植物をテーマに描かれたもの。それぞれの植物とともに、それを擬人化したような少女や妖精、その植物から連想される人物が、幻想的で官能的な筆致をもって、絡み合うように描かれている。
本文を読む前に、ゆっくり浸っていたいページ。贅沢にあしらわれたコラージュのようなイラストレーションは、巌谷國士が綴る随想の伏線でもある。
「植物園」と名付けられた本だけれど、登場する植物のイメージ図として掲載されているのは、この口絵だけ。各章に一枚ずつ、著者自身の手による写真がおさめられているけれど、そこに具体的な植物そのものの写真は少なく、ほとんどが日々の写真、記憶の断片の画像なのだ。

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本文では、「月桂樹」「樅(もみ)の木」のような木や、「アネモネ」「あじさい」などの花、「さくらんぼ」「ざくろ」のように果実をつけるものなど、36の植物の物語が、巌谷氏自身の思い出や知識とともに、自伝的に記されている。
短く、淡々とした話ばかりでも退屈することがないのは、小さな本の中に幾重にも重なり合う情景があるからだろう。そこにみえるのは書き手の年輪でもあり、彼を交差するたくさんの人々でもあり、時代をつくってきた人々が今なお現役で生きているという証拠なのだろう。

巌谷國士という人物は、澁澤龍彦や瀧口修造、種村季弘など、今は亡き偉大な文化人たちと親交をもった、日本のシュルレアリスム研究者として著名な知識人だ。
けれど彼はそんないわゆるアカデミックな、「かたい」イメージだけにとらわれない人であることが、このエッセイを読むと伝わってくる。
たとえば、植物にまつわるエッセイのふしぶしに、「友人の女性」という表現が何度も出てくること。
きっと巌谷さんの周りには、植物への思い入れを共有できる女性が集まってくるのだ。行間から、写真の片隅から、品のある知的な女性の匂いを感じる。
若い女性たちを連れて桃園を見に行ったり、親しい女性が花屋をひらいたり、美しい女性に思いを馳せたり。
そんな出来事が、彼の植物園を豊かにしてゆく。

どこからともなく、そんな女性の匂いが漂うからか、それとも宇野亜喜良の美しい線画によるものか、ページをめくりながら頭の中を流れる音楽は、椎名林檎の「茎」。植物の物語のなかに、いくつもの人生が、生き様がある。
この本が洋菓子なら、音楽は紅茶の役目。
植物をすぐにだめにしてしまう子どもだった私も、最近はお花を贈られることが増えた。植物のある生活は、お菓子のある生活や、かわいい服を着る生活と同じように、心がときめくものなのかもしれない。
その楽しみを覚えると、ひとつ大人になれたような気がする。

 

 

 

 


◎ 大石  蘭
1990年 福岡生まれ。東京大学教養学部卒・ 同大学院修士過程修了
在学中より雑誌『Spoon.』などでエッセイ、イラストを寄稿し注目を集める。
雑誌・WEBなどでの同世代女子の思想を表現するイラストレーション制作、
文章執筆をしながら活動中。  著書に「妄想娘、東大をめざす」(幻冬舎)
http://oishiran.com/

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