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蘭読蘭文 (2)

2015年4月30日 - 蘭読蘭文 / 連載

文/絵  大石蘭

第2回  自由はかわいい
( 草間彌生『
無限の網―草間彌生自伝』作品社  )

病院で順番待ちをしながら、この本を読んでいた。
「強迫神経症に苛まれながら……」という書き出しの、黄色い帯が巻かれた本。
病院で読むにはうってつけのようでもあり、やめておいたほうがよいような雰囲気を醸し出してもいる本だ。
とにかく3時間も待ち時間があったので、一気に読んだ。

草間彌生の作品を見に、何度か展覧会に行ったことがある。
最近は、フライヤーとか図録のデザインがポップでファッショナブルだったり、キッチュなグッズがたくさん売られていたり、展示スペースの一角に撮影ブースが設けられていて、SNS上でキラキラした写真がいっぱいシェアされたり、そこは「かわいい!」という言葉が当たり前のように飛び交う空間になっている。
そして若い女の子はもちろんのこと、子ども連れの若いお母さんで賑わっていたりする。

でも草間彌生の大きな絵を目の前にすると、「これは子どもに見せるような絵じゃないよな……」という気がしてくるときがあるのだ。子宮内膜のようなヒダや、発疹のような水玉、性器のような突起物が、しかも無数のそんなものが、毒々しいほど鮮やかな色で、画面をこれでもかと覆っているから。
病と性のエネルギーがほとばしる草間彌生の作品を見て、「かわいい!」と記念撮影する女の子や親子のようすは、奇妙でもあるし、興味深くもある。

幼い子どもは草間彌生の作品に何を見ているのだろう。
もしかしたら、先入観のない子どもは、草間彌生本人に限りなく近い目で、作品を見ているのかもしれない。

草間彌生の絵は、 幼いときに彼女自身が体験していた幻覚を映し出したもの。襲ってきたイメージを、すぐに絵に描き、驚きや恐怖を静めていった。それが現在まで現役で何十年も続く彼女の芸術の原点だ。

そういえば私にも幼い頃、私も服のギンガムチェックやお花や壁の模様など周りのあらゆるものが「目」に見えて怖かった時期があった。目を強くつぶると、無数の小さくてカラフルな水玉が飛び散るのが見えたりもした。
そういうものは、子どもの日常には隣り合わせだったりする。草間彌生の作品を前にすると、幼いときのそんな感覚が生々しくよみがえることがある。まして小さな子どもならなおさら、自分の体験する不思議な視覚のイメージを、その絵に重ねるのではないだろうかと思えてくる。

子どもにとっては全然、「かわいい!」ではない世界観。でも、SNS上にアップされた、草間彌生の作品と子どもとのツーショットは、たしかに「かわいい」のだ。

「かわいい」は、基本的に小さいものや弱いものに対して向けられる言葉、というイメージが日本では一般的だけれど、草間彌生の「かわいい」は小さくもないし弱くもない。
そこにはただ、「女」がある。「女」という言葉から、媚びや装いや甘えや依存のニュアンスを取り去ったあとに残る、感じ、動く主体としての「女」が。

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少女だった草間彌生をますます絵に没頭させていくのは、精神的に惨めだったという家庭環境だ。
家庭をかえりみず盛大で奔放な放蕩を続ける父親。年中父親との喧嘩が絶えず、彌生が絵を描くことにも暴力的に反対する、ヒステリックな母親。
幼いながらに日本の性の不平等を身に沁みて感じるとともに、両親が不仲な中で望まれぬ生を享けたという意識が彼女を苦しめる。そのような苦しみや不安や怖れと日々闘っていた彼女にとって、芸術だけが、自分を回復させる手段だった。

「女性に画家としての将来性などない」というのが社会通念だった時代、金持ちに嫁がせようとする親に反発し、ひとりニューヨークに渡って、前衛美術家としての地位を築いた草間彌生。

無限の網を描いた絵や、男根状のソフト・スカルプチュア、マカロニの彫刻、水玉模様のペインティングなどはすべて、彼女自身の精神の傷を救うだけにとどまらない。
「自由じゃないのっておかしい」という、子どものように純粋な気持ちが、社会を変えていく。

「かわいい!」の中にあるもの。
それは、理不尽に居心地の悪い場所に押しやられ続けてきた日本の女の性、女の体、女の芸術だ。それらに自由を与えるために闘ってきた草間彌生のエネルギーだ。

だから草間彌生の作品を見たり、グッズを買ったり、写真を撮ったりすると、どこか自由な気持ちになってくる。
きっと、「自由」と「かわいい」は、すごく近いものなのだ。

 

 

 


◎ 大石  蘭
1990年 福岡生まれ。東京大学教養学部卒・ 同大学院修士過程修了
在学中より雑誌『Spoon.』などでエッセイ、イラストを寄稿し注目を集める。
雑誌・WEBなどでの同世代女子の思想を表現するイラストレーション制作、
文章執筆をしながら活動中。  著書に「妄想娘、東大をめざす」(幻冬舎)
http://oishiran.com/

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