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蘭読蘭文(3)

2015年5月21日 - 蘭読蘭文 / 連載

文 / 絵  大石蘭

第3回  女子校育ちは――百年経っても――なおらない!?
( 
『 わすれなぐさ 』吉屋 信子

 

女子校育ちの女子には、独特の友人関係の作りかたとか、趣味の形成のしかたがあって、その癖みたいなものは、女子校を卒業して共学に進学したり、広いコミュニティに入ったとしてもなかなかなおらない……
というテーマは最近のネット記事や書籍の企画でもたびたび取り上げられるホットな話題。
女の子同士の、恋愛ともマウンティングとも似て非なる、繊細な憧れや嫉妬の感情。
学校や大人への反抗心と裏腹に、どこか純情な、家族や先生や友人との向き合いかた。
そういう女子の生態みたいなものは、イマドキのあるあるネタにとどまらず、時代を超えた普遍的なものなのだ。
昭和初期に〈女学生のバイブル〉と呼ばれたベストセラーを多く手がけた吉屋信子の『わすれなぐさ』を、この2015年に読んで、そう思っている。

昭和初期の「少女小説」というものは、可憐でお嬢様で乙女趣味、良妻賢母を育成するようなお上品でレトロな小説、という感じが、なんとなくイメージとして持たれているのではないかなと思う。
そのような「少女小説」が、21世紀にあらためて出版しなおされるということ(しかも嶽本野ばら監修で)。それを、純喫茶とか古着とか古本屋とかが好きなサブカル系乙女ちっく女子の懐古趣味にすぎない、と一蹴するのは乱暴だ。

『わすれなぐさ』は、優美な文体でありながらどこかハイテンションなノリで、登場人物のキャラクター分類から始まる。
女学校の生徒は、大きく分けて「軟派」と「硬派」。今の女子校でもありがちな、おおざっぱに言って「ギャル系」と「マジメ系」というようなグループの分かれかただと思う。そして、このどちらにも属さない「中立地帯」の女子たちももちろんいる。

この物語は、「軟派」の女王、美しくておしゃれでワガママなお嬢様の陽子と、「硬派」の大将的存在で学年一番の優等生の一枝、そして「中立地帯」の個人主義、大学教授の父と病身の母をもつ牧子の三人を中心に繰り広げられる。
なぜか牧子のことが大好きで、コケティッシュなまでに牧子に媚びて付きまとう陽子。
家庭環境に翻弄されている牧子は、そんな陽子の言動に戸惑いを隠しきれない。
そして、ロボットとあだ名がつくほどマジメなのに、牧子と仲良くなりたくて変化していく一枝。そんな一枝に激しく嫉妬する陽子。

嶽本野ばらの解説にもあるように、この時代の女学生の独特の、友情以上、恋愛に近いような感情は、当時「エス」と呼ばれたもので、現在の同性愛的な感情とひとくくりにはできない。「エス」は恋愛の疑似体験としての、女学生同士の風潮だった。それは、10代が男女の恋愛をしにくかった時代の産物というだけでなく、今の私たちの女同士の友情を考えてみても実感がある関係性のような気がする。

牧子への気持ちや牧子の反応をつづる陽子の日記は、さながらTwitterのつぶやきレベル。インターネットのない時代には、当然日記は公開されない文章であるとはいえ、自分らしく凝った文体で、誰かに語りかけるように書く日記は、今の女子高生がツイートする感覚とさして変わらないと思う。彼女たちにとって、日記もツイートも、公開非公開に関わらず、デリケートに変化していく自分のアイデンティティのプロデュースと確認作業なのだ。
そして、陽子、牧子、一枝がそれぞれに考えを凝らして書き、学校で交換する手紙。今から10年前くらい、私が女子中高生のときは、まだ手紙の文化が残っていて、近況や悩みや考えていることを書いたり遊びの予定を立てるのに、毎日のように手紙を交換していたけれど、今の中高生にとっては、手紙はSNSに取って代わられているのだろうか。陽子たちが手紙を書くときや読むときの神経の使いかたは、LINEに既読がついたかつかないかとか、どんなスタンプを使うかとかにエネルギーを割いている私たち世代と変わりないように思う。

つまりは、『わすれなぐさ』は戦前のお嬢様の、いい子なレトロ小説ではない。
そのことは、この小説の中でもメタ的に語られてもいる。
病床の母が万が一亡くなったときには、母代わりとして大きな責任を負わなければならない ―― 父にその覚悟を問われた牧子が、素直に返事をするのを躊躇するという場面。
ここで健気な返事をするのは、「面白くないが為になるお話の一場面の空想化された模範少女の典型に過ぎない」。
このあまりにも正直な発言は、牧子の本音でもあるし、作者自身の本音でもあるだろう。
面白いけれど為にならない。空想じゃないけどリアリティがある。模範少女でないからこそ共感できる。
『わすれなぐさ』はそんな物語。

 

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私も『女子校育ちはなおらない』という共著コミックエッセイに参加したとき、私自身の私立中高一貫女子校での実体験から、女子校で成長していく女子たちのエピソードを書いたことがある。
ざっくり分けるとヤンキー系、オタク系、お嬢様系、体育会系、個性派系など、多種多様な女子たちが、それぞれにグループを形成しながらナチュラルに共存している感じ。
女子校育ちの人だけでなく、女子校を異文化だと敬遠している男子にも読んでもらえたらと思った。

女子校育ちは、きっと昭和初期でも今でも変わらない何かを共有している ―― だから吉屋信子作品は愛され続けるのだ。

 

 

 

 


◎ 大石  蘭
1990年 福岡生まれ。東京大学教養学部卒・ 同大学院修士過程修了
在学中より雑誌『Spoon.』などでエッセイ、イラストを寄稿し注目を集める。
雑誌・WEBなどでの同世代女子の思想を表現するイラストレーション制作、
文章執筆をしながら活動中。  著書に「妄想娘、東大をめざす」(幻冬舎)
http://oishiran.com/

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