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ヒャクブンはイッケンにシカズ (3)

2015年8月13日 - ヒャクブンはイッケンにシカズ / 連載

テキスト・写真     鈴木一成

◎ わからない あーと

今回はちょっと最近考えていることを書き記しておこうと思います。

現在ギャラリー (Gallery OUT of PLACE TOKIO)  で開催中の、大西康明さんによる「重力の輪郭」(8月30日まで) に何度も足を運んでくださる方がいます。

 

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重力の輪郭
©Yasuaki ONISHI  2015 courtesy of Gallery OUT of PLACE

大西さんが制作している作品は主に*グルーとポリエチレンシートを使用して、何かの「かたち」を想起させる物となっています。このような作品を前にして、皆さんには何が見えますか?また、何を感じますか?
*グルー : 接着剤。ここではスティック状の熱で溶けるボンドの事を指す

これまでに4度足を運んでくださった方は、この作品を「気持ち悪い」や「美しいものなのか?」尚かつ「わからないから悔しい」と感じて、だからこそ何度も時間をかけて観れば、他の方がこの作品を観て「面白い」「凄い」「素晴らしい」と言う意見の意味が少しでも解るようになるのでは?と通ってくださっています。
彼自身は、<世の中に評価される>という事とは、一見して観た人10人のうち8人が「解る!」というモノなのではないか?と思っているそうなのです。

このような場面に直面するとその作品が素晴らしいものだと改めて感じます。
そもそも現代アートには「気付き」「発見」「わからなさ」といった想像力のスイッチがあります。
アートを楽しむ方は実際はこのようなステップを踏んでいるのではないでしょうか?

ワクワクする、ドキドキする、なんか気になる(感じる力)

その作品をよく観てみる(観察する)

とても気になる(考えるスイッチON)

このスイッチが入った時に私たちは思考し始めます。
考えるというのは、生きて行く上で非常に重要な行為です。

ちょっと大げさに言うならば、僕はこの「考える」というのは、全ての作品が共通して携えているメッセージだと思っています。
逆説的にいえばこの「考える」というスイッチを持たないものは現代アートの作品では無いのでしょう。

 

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私たちは幼少期には本能の赴くまま感受性に従って育ちます。
しかし大きくなるにつれ、頭を使う(考える)ようになります。
次第に感受性よりも、それらに纏わる言説に従ってゆくようになります。
言説というのはその中にある種の正解・不正解を含んでいるのが常です。
私たちは教育の過程で「正解を選ぶ」と学んでいるので、「言説に従っていれば間違いない」という幻想を持つことになります。(この幻想は私たちから想像力を奪っていきます)
正解という枠組みに従って生きて行くことは(もちろん大変さはありますが)然程難しくありません。
何が起ったって「それが正解なのだから」と言えてしまうからです。

でも、あなたにとっての正解が、私にとっては不正解である。
そんな場面は皆さんの記憶の中にもあるはずです。
なにかについての正解・不正解は表裏一体どころか同じ地平にあるものなのではないでしょうか?
私たちが<見ているもの><聞いている言葉>を司る正解の正体ってなんだろう?
疑ってみる(というと言葉は悪いですが)のは、案外良いことなのではないでしょうか?

あなたが観た作品から少しでも感じることがあるならば、作品を良く観察して、その次は沢山考えてみてください。
そうすれば、その作品はまた別の観え方をするかもしれませんね。

どうぞ、わからないことを恐れずに作品と向き合ってみてください。
そして、わからないことについて誰かと話し合ってみてください。

 

 


◎ 鈴木 一成 /SUZUKI Kazushige
1972年 東京生まれ。桑沢デザイン研究所写真研究科卒。
3年間の渡仏生活を経てフォトグラファーをしながら個展やグループ展で作品を発表。
巡り巡って現代アートの Gallery OUT of PLACE TOKIO にてディレクター業、桑沢で非常勤講師。ゆっくり制作、たまに作品展示。
http://kazu72shige.tumblr.com/

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プロフィール写真
©Jun MIYASHITA

 

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