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蘭読蘭文 (7)

2016年5月20日 - 蘭読蘭文 / 連載

文・絵   大石蘭

第7回 「食パンの端っこを味わうように、街の “へり” をゆく」( 『「能町みね子のときめきデートスポット」、略して 能スポ 』能町みね子  講談社文庫

 

東京に出てきて早7年。気がつけば、憧れだったおしゃれエリアをせわしなく行き来する毎日。
渋谷や原宿、表参道や代官山……そこは今の私の仕事場であり、休憩の場所であり、デートスポットだ。上京する前の私にとっては夢のようだった、都会の生活。
でも、上京したての新鮮さが落ち着いてくると、ファッションビルやスタイリッシュなカフェの店構えにときめいたり歓声をあげたりすることは、しだいに減ってきた。

その代わりに私は、街に立ち並ぶ建物の2階、3階を眺めながら歩くのが好きになった。
都会の人が言葉も交わさず用事を済ますだけのコンビニの看板の、ちょっと上のほうに目をやると、そこには薄汚れた窓があり、カーテンがかかっている。錆びた物干しにタオルが干してあることもある。窓ガラスとカーテンの間にくたびれたぬいぐるみがいたり、磨りガラスに洗剤のボトルが透けていたりする。窓のむこうに人が住んでいるのだ。無機質な空間の上に、有機的きわまりない生活空間がある。
ぼんやりと歩いているときに、そんな2階、3階を見ていると、生きている人間がいる世界の中で自分も生きていることを、実感する。隣に住んでいる人の顔も覚えていないような都会で、本当はここには私以外誰もいないんじゃないか、という気分になることもあるけど、暗い窓の向こうではちゃんと、人が起きたり寝たり食べたり話したりしているのだ。

『能スポ』を読んでいると、そうやって建物の2階、3階を見ているときと似た気分になる。
前代未聞のデートスポット本であるこの本が紹介しているのは、「死にそうな場所」だという。
それは、「そこにいるだけで自分が死んでしまいそうな、生死のすぐ際で息をしているような、そんなスレスレの感じがするところ」、「人の臭い息が鼻先でするような濃密なところ」、「人が隣で死んだり生まれたりするようなところ」。
そんなニッチなデートスポットの数々のレポートを読みながらそれらの場所に思いを馳せると、「死んでしまいそう」というより、私はどちらかというと、「死んでるかもと思ってたけど生きてた」みたいな感じがする。

そしてもうひとつのポイントは、「へり」。「みんながうっかり見落とすへりのほうが、要素の密度が濃い」とこの本は言う。「子どもの心を取り戻せるのは、むしろへりだ」とも。
15のスポットと番外編というラインナップの中、いきなり「西高島平」からスタートするデートスポットガイド。この地名を見た途端、上京したての大学生の頃、ガイドブックではフィーチャーされない駅にわざわざ行っていた感覚がよみがえってくる。

大学のとき、必修の実習があったり、どうしても行きたいイベントがあったりして、ふだん絶対使わないような沿線の、すごくめんどくさい場所にある駅に通うことが何度かあった。
乗り換えもたいへんだし交通費もかさんだりして、そのときは楽しむ余裕がない。でもあとになって振り返ってみると、大学時代の中でいい匂いがするような記憶は、そんな「へり」にまつわるものばかりだ。
大学を卒業して、仕事の打ち合わせや取材もアクセスのいい場所ばかりで、遊ぶ場所もあえて行くならおしゃれエリアで。ちなみにこの本では「恵比寿」に「オシャレ」とルビが振ってあるけれど……。

 

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『能スポ』に紹介されているエリアにはほとんど行ったことがない。そんなミーハー上京組の私には知るよしもない世界を見せてくれるからこそ面白い本なのだけど、ひとつだけ馴染み深いデートスポットがあった。
それは、「アルタ裏、林家&三平コンツェルン」という章でレポートされている場所。新宿だ。
JR新宿駅の東口を出てすぐの、待ち合わせの定番スポット、の裏。私は新宿東口エリアにしょっちゅう通っていた時期があって、このあたりをふらつくうちに、新宿駅の地下街の中で妙に土着の雰囲気を放つ「三平ストア」というスーパーがあることは気になっていた。成城石井的なセレブスーパーではなく、もっと生ぐさい感じのスーパーだ。価格帯もけっこう安い。そしてスーパーだけでなく、ビル全体が「新宿サンパーク三平会館」という、「三平」の持ち物らしいということもなんとなく気づいていた。でも、私の行動力はスーパー「三平ストア」で買い物をするだけのレベルにとどまっていた。好奇心のままにずんずん突き進む『能スポ』は、この時点で差をつけてくる。

『能スポ』メンバー(筆者の能町みね子さんと、担当編集の「スルギくん」、ときどき編集の「シンエイさん」)はまずこの「アルタ裏」になぜか「三平」と「林家」の名がつくテナントが集まっていることを発見し、「新宿サンパーク三平会館」に潜入。階段をのぼりながら、それぞれの階の階段脇の案内板に書かれた店名に注目する。
それぞれの階に入っているお店の名前が、看板によって違ったり、あるはずの店名が書かれていなかったりするのだ。たとえばレストランの表記は、同じ店なのに「5Fレストラン(無名)」「レストランはやしや」「レストランサンパーク」の三種類あるという自由さ。
一階一階のぼっていくうちに、変化していく看板を味わいながら、その謎めいた5階のレストランへ。
レストランなんていくらでもある新宿東口で、わざわざそこにやってくるお客さんを観察し、店員を分析し、そこにある物語を妄想まじりに描いていく……。
通り一遍のデートスポットを求め、当たり前のように通ううちに見落としていた、日常のすきまにドラマがある。『能スポ』はそんなドラマを教えてくれる。
「へり」がたちまちデートスポットになる。
パンの耳でフレンチトーストを作るみたいな嬉しさがある。

看板の文字の形や文句のひとつひとつ、出会った人と交わした言葉のふしぶし、駅に降り立った瞬間の匂い、「かわいい」と思うディテール……
能町さんの、言葉の暴走とコントロールのバランス感覚と、淡々とものすごく楽しんでいる静かな観察眼とを、私は尊敬している。

 


◎ 大石  蘭
1990年 福岡生まれ。東京大学教養学部卒・ 同大学院修士過程修了
在学中より雑誌『Spoon.』でエッセイ、イラストを寄稿し注目を集める。
雑誌・WEBなどでの同世代女子の思想を表現するイラストレーション制作、文章執筆をしながら活動。  著書に『妄想娘、東大をめざす』(幻冬舎)
http://oishiran.com/

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