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TALK ROOM 第4回「写真を教える事・これからの写真」

2016年7月21日 - TALK ROOM / 連載

TALK ROOM <第4回>  大和田 良 × アパートメント「写真を教える事・これからの写真」

TALK ROOM ゲストは、写真家の大和田良さん。
大和田さんには、アパートメント創刊時よりインタビューや対談など様々な話を伺いながらその時々のリアルな意見をきいてきましたが、今回も2012年(アパートメントmagazine創刊号)、2014年(アパートメントmagazine vol.20) の2回に渉るインタビューにつづく二年ぶりの話になります。
ほぼ雑談のような大和田さんとの話ですが、今回も例にもれず、最近の活動や写真のこと、また教鞭をもつ大学の講師として先日刊行した『写真の教科書』の解説などをふくめ、事務所へ伺ってきました。

 


 

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<写真の教科書>

今回の『写真の教科書』はどういう経緯で出版することに…?

大和田 (以下-大):大学(東京工芸大学)で7年間非常勤講師をやっていて、最初の頃から考えていた事ではあったんです。担当して使っている教科書が、デジタル(写真)の事は一切載ってなかったし、昔ながらのフィルムベースの教科書しか使っていなくて。なので、実際には生徒が別で買ったり、こちらがスライドで補足しなくちゃいけなかったりで、授業では使えない教科書だったんです。それでもまだ三年くらい前までは4x5実習をしていたので、よかったんです。でも本格的に4x5のポラがなくなって(製造終了して)、その頃からデジタルで本格的に教えるようになったんですけど、それを期に新しい教科書をつくろうと。そこでいろんな写真のHow-to本があるけど、本当に基礎的な技術にマトを絞ったものって少ないなとおもったので、それを出版社にプレゼンしてつくりましょうという形になったんです。

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写真の教科書  (インプレス刊)  : 大和田 良 著/勝倉 崚太 著/岸 剛史 著/木村 崇志 著/船生 望 著/圓井 義典 著

 

この本に、一応はフィルムの現像法とかも載ってるけど、基本的にはデジタル写真の教本っていう事になりますか?

大:デジタルが8割、アナログが2割かな。
画像処理の事とかも載ってるのかな?
大:画像処理の方法も載ってるけど、「焼き込み」「覆い焼き」とかの写真の基本的なことくらいですね。いままでの暗室作業をPhotoshopに置き換えた場合の作業についてです。
今回の教科書(「写真の教科書」)の監修は、大和田さんがやったの?
大:そうです、監修的な役割を僕がやっています。
大変だった部分とかは?
大:やっぱり全体を纏めるところとか。大学の先生が執筆陣なんですけど、あまり大学の教科書みたいに難しい書き方や回りくどい書き方ににはしたくなくて、ストレートで簡潔にわかりやすい、少なくとも高校生や中学生が読んでも分るような文体や単語の使い方をしてほしいという要望を、先生方にはだしていました。
たとえば、、写真が濡れているので、定着して水洗して乾燥しますっていう場合の「乾燥まで適宜おいておきます。」っていう場合、大学でそれと同じことを言う時には「 … 空気と平衡状態になるまでおく 」って言ったりするんです。
ん?!さっぱりわかんない、、 それスルーしちゃいそうだなあ。笑
大:そう。でも乾燥の定義として、何時が乾燥として適当なのか?っていうことの為に、そういう言い方でいう訳なんです。だからもう少し簡単にわかってもらえるようにと…。

今回の教科書についてココだけは他と違うみたいな部分は?
大:うーん、基礎的な内容だから大部分は変らないとは思いますけど。わかりやすくっていうのと、実際の学校での課題に沿った説明になってるので、その辺は違いますね。
今は、大学で1・2年生の授業をみてるんですよね?
大:そうです。
2年前に話した時の内容ですけど「 写真科に入ってくる生徒でも3割くらいは一眼レフで撮影した経験もない… 」ていう話をしたんだけど、今はどうかなって?
大:それはもっと増えてるかもしれない。あと、二年前と比べると、海外からの留学生は増えた。
そうなると、生徒たちの写真の定義もバラバラだし、教え方も大変では?
大:技術の部分でいうと多少の機材の違いはあるけど、そんなにかわらない。大学教育って専門的に技術を教え込むっていうよりは、もっと広範囲に写真っていうものを捉えるためだったりしてて、、その中の僕がやってる事でいえば「写真技術」っていうところなので、本質的な部分は変わらないかな。

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<デジタル写真時代と変化>

最近実感しているのは、「デジタルネイティブ」っていわれる、更にその次世代がすぐそこに来てるっていうことで。
自分の息子の話なんだけど、まだ一歳程でもスマホで<自撮りモード>にすると画面のボタンを押したりする。そういう身体感覚って何気なく備わっていくものだろうなって。そういう変化を写真を教えるっていう立場で、どういう風にみてるのかなあって…。一眼レフすら知らない事が普通になっていく時代で、こういう変化はどう感じるのかって?

大:なんだろう、、メディア論みたいな立場でいえば「写真」というものの特性という事になるので、新しい何かが積み重なるっていう意味で「写真」っていうメディアの役割が変ってくる気はしますけど、元々ある映像を固定化する(定着する)っていうメディアの特質は変らないというか。例えばそれが「動く」ということになればそれは動画の領域だし。
例えば、、それは一コマでも動けば動画になる?
大:写真でもシーケンスの表現っていうのはできるけど、それもシーケンス的な表現で写真を使うっていうだけで、動画ではないし。「写真」っていうものの定義はそんなに揺るがないかなあって。けどクロスオーバーする範囲は色々でてくると思う。
自分自身の中では、やっぱり紙へアウトプットしたものへの評価を、一番重視している部分になるのかな?
大:まあ、、すごく個人的な立場でいえばやっぱりプリントが好きです。
以前から言ってるよね。
大:うん。そもそも、「写真」が好きというよりは、「プリント」が好きで。例えば、今ここに飾ってある写真に娘が写って画となってあらわれてるっていうことも好きだし、極論をいえば、バラ板の印画紙を太陽に露光させた真っ黒な印画紙でも、それは結構好きだったりするんですよ。印画紙の質感とか、黒の感じとか。それらを見ていいなあって思う感覚って、画面(モニタ)に写る写真をみて思うのとは、個人的な愛着とか関心でいえば全然違うとこにある。
いま教える生徒達のなかにも、そういう「プリント」に対しての興味とか愛着をもってる人もいます?
大:どうなんだろう。僕が学生の頃にいた、学生だけど超絶に暗室技法が上手いっ!みたいな生徒はもう少ないと思う。
今回の教科書には、プリントに関してもあるのかな?
大:銀塩プリントについてはのってます。
デジタルのプリントについては、、簡単に?
大:プリント出力のより高度なカラーマッチングとかは、今回の教科書のさらに先になりますね。「ファインプリントの方法」っていう。ファインプリントだけでいうと、もう一冊教科書が書けちゃうくらいなんですよ。
たしかに。細かくて幅ひろい知識も大量に必要だから。
大:一年生の段階では、「赤」じゃなくて「臙脂」だよねとか、色が違うなとか、カラーバランスやホワイトバランスをきちんと設定しようとか。その程度です。それぞれの研究室に入ってからは、上級の技術をやるかなあ。たとえば、現代美術的な観点のところは、やらなきゃいけない上級写真技術っていうのも変ってきたり。「保存」とかのために写真を使う研究室もあるので、そういうところではより大きい画素数の4×5カメラとかにデジタルバックつけて、できるだけ歪まないように正確な色で的確なカラ−バランスをとりながら博物館とか美術館の絵を複写しなきゃいけないとか、、。

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大:
ここ何年かで簡単なものは編集者とかでも誰でも撮れるみたいな感じにもなってたけど、一定のクオリティの写真は専門家にお願いしようっていう揺り戻しはある気はしていて。
いろんな事がデジタル化していって、自分ひとりで全部やってしまうっていう事が増えてきて、どこを分業するのかっていう事になったとき、写真はそこで切り離して専門家に任せようかっていう人が多くなってるとは思います。
なんでも一人でとか、少人数で出来そうな時代だけど、それってどんどん大変になっちゃう可能性を孕んでるからね。きちんと分業してゆくことは必然かなって気はするね。
大:一時期は記録技師みたいな形で大きい病院とか警察とかへの雇用も減ったんだけど、やっぱり撮れないっていう事が判ってきて、また最近増えてきたんですよ。
なるほど、、写真技師っていうジャンルがあるよね。
大:うん。とくに大きい病院とかは、手術はすべて映像で記録しなきゃならなかったりとかで、重要な箇所は人がアームできめて撮らないといけなかったり。あとデータをきちんと保存・管理していく事とか。

大:自分が仕事し始めた頃は、本来「こういう写真をポジで撮りました。」っていって、そのまま編集者に渡して、あとはセレクトしてくださいって言って終わってたのが、今はそんな事なくて。撮影して、現像して、ある程度画像処理をした完成データを、ちゃんとしたプロファイルにもとづいて渡す、という所まで写真家がやらなくてはいけない。 時には「ちょっと顔の質感を直してください、、」みたいなこともあったりするんです。けど、それってそもそもオレの仕事じゃないからって!笑
そんな事いわれる、、 ?! (笑)
大:たまに言われる。でも、そういう時は「それは <レタッチ>っていう仕事になりますよ…」っていいますよ。笑
本来そういう役割の事って、相手はフォトグラファーに依頼する時点で判断するもんじゃない?
大:まあ、分ってるんだと思うんだけど、どこからどこまでが写真家の仕事なのかとか、そこまでは意識してないことが多いですね。
例えば、僕が撮った広告や雑誌の写真をみて仕事を依頼してくれたりする人がいるわけだけど、そこでアイドルを撮ったとすると、僕が撮ってはいるけど、それぞれの所属事務所の指定のレタッチャーがいて、そこを経て最終的な納品になるわけじゃない?「そこは僕の仕事じゃないんですよ」っていう事は、その写真の仕上がりだけをみても、分らない人もいるんだと思うんですよ。
うーん…そうなんだよね。そこで疑問なのは、相手は何を理由にフォトグラファーを決めてるんだろうって? 例えばレタッチをしてると、ほとんどフォトグラファーの撮った形跡も残らないくらい変えて画像修正する事もままあるわけですよ。そうなると、どういうことを根拠に撮影するフォトグラファーを選ぶのか?って思う事はありますね。
大:まあ、、その写真家に依頼すればそのチーム自体を一括りで使えるっていう事とか? もう少し悪いケースだと、仕上がった写真については、すべてフォトグラファーがやってるものだと思い込んでる場合もあって。
そういう理解不足は多いかも。よくないねー。
大:よくないでしょう。こちらでレタッチという作業を頼まれるのは構わないんです。けど、本来そこは「レタッチ」という撮影とは別の仕事になりますっていう事、もうひとつ僕はレタッチャーではないし、複雑な作業に関してはレタッチも出来かねるし、効率的じゃないんですよ。専門的な技術をもったレタッチャーに頼めば、一日でできるかも知れないものが、三日かかってしまいますよっていう。
そのとおりだよ、、(笑)   まあ自分でも出来る事なのかも知れないけど、時間と手間の効率については差がでるかな。時間取られるのはフォトグラファーにとっても命取りだったりするし。
大:そう、、その時間に撮影に出かけた方が良かったりするわけですよ。
まあ、そこが分ってる人と、分ってない人はいますね。説明して話しても分らないフリしてる人もいるかな、、(笑)
大:うんうん。とぼける人が一番悪質なんだけどね。笑
そう(笑)   フォトグラファーとしては、メイクやスタイリストを同時にやって下さいっていう事と変らないかな?
ほぼそれに近いかも。まだ僕なんかは仕事でも「レタッチはしてないんです、、」とか言えることがあっても、これから写真の仕事で出てゆく人はどうかなって。
そうなんだよね。まだ若い人やフリーランスで活動していく人が、そんなに強く言えないだろうなっていう現状はある。そこにつけ込む人もいるってことだね。
大:そういうことに突っぱねられないし、そういう仕事相手に当たるのってそういう時期の方が多い。

ただ、いまの若い世代って10~20年前よりも、フォトショ(Photoshop)の技術も身につけてるし、それこそ子供の頃からネイティブで使ってる。
大:そうですね、いまやパッチ(*画像修復などのプログラムツール) のとかで結構なんでもできるし。
そうなの。僕自身も「レタッチ」仕事とかを続けてきて思うんだけど、そもそもソフトの進化が、以前と比べものにならない。撮影についてもだけど、、技術的にどういう事かできるというよりは、自分たちの想い描くための知恵が、どれだけあるかっていう気がしてきてるかな。コミュニケーション力と情報力の問題も出てくるし。
大:たまに無茶な事いってくる人もいますよ。「(写真の)こっちにもピントあわせて欲しいんですけど、、」とか。笑
そうね、偏った情報を知って言ってくる人も多いね。(笑)

 

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 <写真と動画>

今は、コマーシャル(フォト)のお仕事もしています?
大:たまにあります。商業撮影の中でも、好きな仕事でってなるとやっぱり雑誌が多くなるから。でも雑誌は大変だからね…。
大変、、? 作業的に?
大:うん。たとえば丸ごと一冊だったりすると、撮影日数とか、ギャラ(予算)との相対的な面で考えればだけど、、。でも自分の好きな仕事っていうとそういうモノだからしょうがない。
以前のインタビューでも紙の雑誌については、「別の価値観が出てくるだろう…」みたいな話をしていて、まだ分らないかもだけど、今後の紙の雑誌についての展開について何か違う道はあるかな?
大:うーん、そこに対して文化的な価値を、投資してくれる人たちがいるかどうかってところかなあ、、。ただの情報でしかないものっていうものは、どんどん電子化されていくだろうけど、貴重な資料だったり、紙である必要性が高い情報や知識っていうのは、やっぱり「紙」として残っていくんじゃないかなあって。特に写真を大事にする人だったら、紙で観たいっていう人は多いだろうし。でも、一方で映像で観せるっていうのもそれはそれでキレイだと思う。
そうだね、増えてきたよね。モニタでの展示っていう形も。そもそも現在は「写真新世紀」でも映像作品を募集してるわけだし。
大:うん、作品も選んでた。なんか無理やり感があるなあって。「写真でも動画でもよい」じゃなくて、<写真部門>と<動画部門>にすればよかったんだよねえ。
そうだね、、部門を一緒にしてるのは少し分りづらい感じはあるかも。「写真」と「動画」を同じ軸で評価してしまう事はちょっと無理があるかなあって。動画ならば時間軸が必ず関係してくるし…。
大:動画でも面白いのはあるけどね。松江(泰治)さんの動画とか面白かったし。

大和田さんとしては、動画での表現をしようと思った事は?
大:うん、仕事でしかないかな。
作品としてはイメージ湧かない?
大:イメージが湧かないわけではないけど、写真でやらなきゃいけない事が山積みすぎて、、動画までやってる暇がないという感じ。
なるほど (笑)
大:それなら、もっと写真でやりたいコンセプトとかテーマもいっぱいあるし、そっちが枯渇して何にもやることがなくて、写真にも飽きちゃったみたいな事なら、動画だったりミックスメディアとかをやる可能性とかもあるけど。今は写真でやりたいことがありすぎて、動画制作に費やす時間があるなら写真制作するね。(笑)
でも死ぬまでそんな感じでいそうだね (笑)
大:なんか、ハリーポッターみたいな動く写真が新聞になる?! ような時代でも静止画の写真をやってる気がする。
なるほど 。 そうなった時は、静止画としての価値の方が貴重なのかもね。

大:最近は、新聞やナショジオとかでも問題になったけど、フォトショで加工されてるんじゃないかって。その場がどういう状況なのか、360度廻って観れたりもするし、写真ってどうやってもフレーミングされた一枚にしか写れないから。
360度ぐるっと繫いだものとかっていうものもあるけど?
大:あれを常に表現方法にするのは、なんか現実的じゃないかなあ、、。
プロポーションとしてあんまり美しくないよね。
なるほど、、なんかそこは腑に落ちるなあ。やっぱり大和田良としての「写真」の基準のひとつっていうと、観たときの「美しさ」な気がして。ただそれって、たとえば動画にもあるべき部分なんだろうなって。
大:最近写真家が撮ってる映像ってあるじゃないですか?
多いね。そういう意味では良くんも(動画)やっても面白いかなって思ったけど。風景だとか静物とかを、動画であつかってみたら作品としては面白いと思うけど。需要はどうだろうかってところはあるけど。
大:なんか、パッとひらめけばやれそうな感じだけど。
 そうだね、挑戦してみてほしいかな。

大学で(写真を)教えていく事や、ワークショップでの講義など教えてゆくことについて、今後の自分の気持ちは?
大:そうですね。写真に関する教育自体は、面白いというか、新しい表現をみることもできるし、できるだけ携っていきたいと思っています。ただ、それだけになっちゃうのは、ちょっと違うと思います。
「写真を教える」という意味でも、ある程度いま自由度はありますか?
大:そうですね、ある程度は自由にやらせてもらっています。
いろいろ今後もたのしみにしてますね。
今日はどうもありがとうございます!
( 2016.5 某日  大和田良 Office space にて )


Interview & Text : Rin Hirano (アパートメント)


大和田 良 |Profile
写真家

1978年 宮城県生まれ。
東京工芸大学大学院 芸術学研究科メディアアート専攻 写真メディア領域修了。写真集に『prism』(青幻舎)、『FORM』(深水社)『Banknotes』(アタリパブリッシング)等。2011年日本写真協会賞新人賞受賞。東京工芸大学芸術学部写真学科非常勤講師
http://www.ryoohwada.com/

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