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大串祥子 写真展「少林寺」特別インタビュー

2016年12月29日 - TOPICS

PICK UP ARTIST INTERVIEW
写真家 大串 祥子 氏

写真集「少林寺 Men Behaind the Scenes Ⅱ 」出版記念
大串祥子 写真展 「少林寺」

2017年の年明けすぐに銀座ヴァニラ画廊にて開催されるのは、独自の美少年哲学で、ヨーロッパでの男性社会の片鱗を撮りつづけた写真家・大串祥子氏の2年ぶりの写真展となる「少林寺」。
大串氏のアジア作品第一弾となる今展示は、少林寺の武僧たちをあるがままに撮った写真集『少林寺』発刊と同時開催になる。今回はその準備の忙しい合間を縫って、特別インタビューとして語っていただきました。

 


 

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 ◆美少年という作品

 – 今回は東京(ヴァニラ画廊)では2年ぶりの展示と、同じく2年ぶりの写真集『少林寺』(リブロアルテ)の刊行になりますが、展示の作品数とテーマはどういう感じでしょうか?

大串: 今回の展示作品の予定は、大小合わせると48点です。展示する段階で省く作品も出てくるかと思います。

前回の展示(「美少年論」展 銀座ヴァニラ画廊 2014年)のときは、44点でした。前回は3テーマに渉っていたので、作品数は同じくらいですが、今回の展示はワンテーマで、お坊さんしかでてこないから、多いとは感じないのではと思ってます。
少林寺だけに “武術”。アクション写真がたくさんあります。この “武器” にはこの “動き” みたいに、一枚でじっくり見るよりは「だだだっ!」というリズムが大事ですよね。だから、アクションはアクションで20数枚をまとめて展示しようと思っています。じっくり一点一点を眺めて鑑賞するより、感覚的に楽しんでいただければと思います。

 – 前回の「美少年論」から「少林寺」へと移った写真作品の経緯は?

大串:『美少年論』というのは、私の哲学であり、ライフワークとなる三部作で、私が憧れているヨーロッパの美と謎とはこういうことだ、という原点みたいなものです。例えば、イギリスの上流階級のキラキラしたお坊ちゃまが麗しい花園で学んでいるとしても、必ずしも本人がそれを望んでいるともいえませんし、たまたまドイツ人に生まれただけで兵役の義務を課せられ、軍隊で毎日イヤな目に遭わされて一年を過ごすようなこともある。けれど、男性には、自分の望まない不幸な運命を受け入れざるを得ない、あるいは、あえて進んで受け入れたいと望むマゾヒスティックな美意識が備わっているんじゃないかと思うのです。

稲垣足穂が「自分の味方が全部死に絶え、八方敵に囲まれて、矢折れ刀尽きて、あとは犬死にを待つのみ……」というのが男の理想の境地であると言いました。「そんなことあるわけないだろう」と笑いながらも、男たちは心のどこかでみなそれに憧れている。実際に自分自身がそうなったらイヤだという人でも、あんなに頑張ったのにこんな惨めな結末……みたいな悲劇の漫画や映画は好きだったり。イートン校にしても、ドイツ軍の兵役にしても、特殊な男性社会にいる男性を観ていると、「やせ我慢」をひしひし感じるんです。そういうのをみつけたときに、「コレだ!」と、シャッターを押すんだと思います。

ライフワーク「Men Behind the Scenes」のヨーロッパ三部作が『美少年論』として一つの区切りとなったこともありましたし、今は日本に住んでいるわけだし、今度はアジアで撮ろうと思いました。アジア篇の第1弾の舞台は、日本でもよかったんですが、「これだ!」というテーマが見つからなかったので、まずは台頭している中国の「嵩山少林寺」に行こうと。日本ではもはや本物のサムライや忍者を見られるエリアがあるわけではありませんが、少林寺には1,500年以上続く武術の伝統があって、いまだに廃れずに残っていてすごいですよね。無論、特殊な男性社会に見られる、秩序、階級、ルール、制服、不条理もあります。条件が揃っていたのもあるのですが、我々は、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リーみたいな、カンフーで育った世代ですので、少林寺は憧れの聖地なんですよ。

少林寺は、ある意味、前回のヨーロッパのいいとこ取りの面もあります。イートン校的な意味でいうと、「少林寺」はある意味中国におけるエリート達なんですね。仏教的には、達摩大師がインドから中国にはじめて禅を持ち込んだ曹洞宗の大寺院ですが、少林武術と「武僧」の存在ゆえに、世界的に有名だし、中国の少年たちが憧れる場所なんですよ。ドイツ軍の兵役的な意味でいえば、いくら少林寺がブランドだからといっても、そこに集まるのはごく普通の家に生まれた少年たちです。近代五種的な意味でいえば、武僧としてここにくる少年たちは、すでに武術の素養がある才能を見抜かれ、素晴らしい師と出会い、大切に育てられ、技を極めていく。少林寺の周辺には30を超える武術学校がありますが、彼らの目指す憧れの頂点が、少林寺なのです。いうなれば、各種競技におけるオリンピック代表になるようなものかもしれません。

 


 ◆ 少林寺への道

 – 少林寺への撮影取材の期間はどれくらいだったんですか?

大串:撮影期間は3年間です。2011年の秋から2013年の夏までです。東日本大震災があった年の秋からですね。
撮影申請は2010年からしていましたが、簡単には取れませんでした。

最初は共産党のルートからチャレンジしたけどダメで、微笑んでくれるけどスルーみたいな……。カノッサの屈辱じゃないですけど、政治の方面から宗教に攻めてゆくのはよろしくないのかな。日本も世界も同じでしょうけど、宗教という世界を、力でこじ開けるのはいかがなものかと。結局、最初はあえなく敗戦です。

2回目は自力で訪れました。その時もやはりダメだったんですけど、3回目に許可をもらえることになるコネクションが見つかりました。以前に少林寺を撮ったことがある中国人カメラマンの先生にポートフォリオを観ていただいたら、「この人の写真ならいいんじゃないか」と、決定権を持つ老師をご紹介していただくことになって、三度目の正直で決まりました。いきなりポーンといって撮れるものではないですけど、まさに「三顧の礼」だなと。

 – 撮影で少林寺に訪問する頻度はどれくらいだったんですか?

大串:訪れたのは全部で10回くらいです。1年に2〜3回、達摩大師の生誕祭、春節、仏誕節(花祭り)など、季節ごとの重要な行事を撮ったり。

 – 北京から少林寺までの道のりはどういう感じになるんですか?

大串:まず鄭州という河南州の首都に鉄道か飛行機で向かいます。飛行機は1時間半くらいですね。中国全土で言えば近い方で、北京が東京だとすると、岡山か神戸くらいです。 そのあと鄭州から車で2時間くらいかかります。といっても、少林寺の方に空港までの送迎をしてもらっていたので、特に苦労はしていないのですが。

 – 撮影時、実際の少林寺の僧たちの反応はどういう雰囲気ですか?

大串:(少林寺の)お坊さんたちは撮られ慣れてるんですよ。世界中の観光客が少林寺を訪れますし、国内外のメディアも多く、テレビクルーもスチールのカメラマンもいます。人が集まり、撮影される機会が多いんですよね。

しかし、それが原因で、最初は少しもめたりしました。海外の一流メディアやフォトグラファーは、だいたい一週間といった短期で来て、「コレとコレを全部ここで決めて撮りたい… 」みたいな段取りをします。特に欧米のカメラマンになると、いわゆるファンタジーとしての「少林寺」の絵を撮りたがるので、月夜に屋根の上で槍を構えるみたいな、あり得ないポーズやシーンを要求することが多かったりします。そこで私が「普段の練習風景を撮りたいです」などというと、「どうしろと言ってくれないとできないだろ!」と怒られて。「私がいることを忘れてください」みたいなことを言うので首を傾げられたのですが、撮っていくうちにだんだん「そういうことか」と分かってくれました。

私は同じアジア人だし、欧米人が思い描く演出された中国武術みたいな虚構の世界観ではなくて、ありのままの彼らの姿を撮りたいと思っていました。多分、少林寺の人たちも、イートン校やドイツ軍の写真を観て、私が撮るならそういう写真になるだろうと期待して許可をくれたはずです。

 – 今回の作品では少林寺のどういうレベルの僧を撮影しているんですか?

大串:もう全部ですね。どこの宗教団体もそうだと思うのですが、少林寺も階級や序列があるんです。高僧・老僧がいて、若い比丘(びく。出家僧)がいて、さらにその下には、まだ出家してない修行僧の沙弥(しゃみ)がいます。武僧というのは身分的にはその沙弥に当たります。武僧の中にも仏に帰依してゆく人もいるんですけど、ほとんどの“武僧くん”は武術を習いたくて田舎から出てきているので、仏門に入るまでは考えてないんですよね。

そんな僧たちの生活を一応全部網羅してるんですけど、写真集では、144頁に収めないといけないので第1章では日課、第2章で演舞、第3章では少林寺の文化、第4章からは出家式「三壇大戒」、第6章でいざ出家、と流れをつけて編集しました。特徴としては、どの章にも武僧がインサートされているんです。ヨコ糸には1〜6章まで仏教のことを見せながら、タテ糸にはすべて武僧のことがでてくる、みたいな構成になっています。これって、DJの友人のアイデアなんです。「今度は昭和歌謡、今度はラップ、といろんなジャンルをピックアップするけど、ベースに流れる音は自分の好みの曲で、大事なリズムを作る。そしてまた、別の音を差し込んでいく。その繰り返し」と。

少林寺は奥深い歴史的なものです。禅・武・医の三位一体の柱があります。日本の仏教と似ている部分もありますが、中国仏教には道教や儒教の影響もあり、全然違う面もあります。その上、私は中国語が上手く話せません。仮に英語で聞いたとしても、全貌は簡単には分からないものです。例えるなら、タマネギやマトリョーシカみたいに、最初は外側しか分からなくても、いればいるほど、いろんなことをやっていることが見えてきます。ただし、そのすべてに武僧が関わっている独特なお寺なので、試行錯誤して “DJ的” 手法の本にした方が分かりやすいと思ったんです。

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 ◆写真への姿勢

– 写真を撮るとき、作品を制作するときの基本的な姿勢はありますか?

大串:なんか、写真家って語り始めるとケンカ腰になってくるでしょう(笑)  私は、写真を上手い下手だけで語ってはよくない気がしてるんですよ。例えば、自分が撮りたいものがあったとして、カメラ技術だけではなく、自分の持つ能力をすべて使わなければ突破できないものがあると思うんですね。許可を取るにも、被写体の世界を理解しようとするにも。

それに、世の中の評価から切り離したときに、自分にとってそれが何か、という問題もあるじゃないですか。世の中の人が高い評価だとしても、その人の人生に何が残って何をなしたかを考えるならば、上手く撮れることだけを目指しても仕方ない。今やほとんどの面で撮影技術や修正・補正技術も高いわけで、何を撮るかというアイデアとかコンセプトとか、さらには、自分の考え方や生き様が問われているんじゃないかと。

「美少年論」っていうのも、本当をいえば “わたしの美少年論” ですよね。偏りがあると思う人もいるだろうし、実際に偏っているんです。だとしても、私がこの目で観た男性社会の本性というか、秩序、階級、ルールとかをわざわざ作って、自分の所属する組織とそれ以外を分けていき、さらにその中でどう生きていき、死んでいくのか、という男性の生態を−女性の目で驚きをもって観たいし、このものの見方を他の人にも提示したいんです。

武術が上手い一般人を撮りたい訳じゃないし、燕尾服を着た市井の美少年や、ドイツ軍コスには興味がありません。本物からにじみ出る美とか不条理を見つけた瞬間にハッとなって、撮りたくなるんです。

私は結構本を買う方なんですけど、これまでは、図書館で借りてみて、いい本だと思ったら買うようにしてたんです。でも公立図書館に揃ってる本っていうのは、真っ当な本しかないんですよね。完全に狂った本っていうのは図書館にはないから、Amazonや書店でリスクを承知で、勘を働かせて買わなきゃいけない。失敗することもあるんですけど、案の定、本当の気違いみたいな本だったりすると、とてもうれしいんですよ。1行目から意味が分かんなかったりすると最高ですね。「この本に理論とかソースを求めないでください、全部わたしの頭の中で書きました……」とか、最初から堂々と書いてあるとうれしさがこみ上げてくるんですよね。完全に人から理解されるのを拒んで、分からなかったらついてこなくていいよ、みたいな。でも分かったら分かったで面白いかも、みたいな(笑)

写真も同じですけど、「この人には世の中がこうとしか見えないんだ」という到底届かない境地を見てみたいんです。写真集なんて最初から少部数なんだし、みんなの手に行き渡らなくていい存在。だからこそ、「こんなもの出しやがって!」と唖然とさせるものを出して、エイッと買ってもらう時代が来るのかなと。

みんなに理解してもらえればうれしいと思う反面、どこからか先はダメだろうなと諦めています。結局私はこういうことしかできないです、という姿勢を貫いていくのも道かなと思っています。

 


 ◆写真集『少林寺』出版にむかって

– 前回の「美少年論」のインタビューで伺ったとき、次の写真集はカジュアルな本にするって仰ってるんですけど、意識しましたか?

大串: 今回はイートン校 “様”と違って武僧 “くん” でもありますし、社会の流れというかマーケティングの意味でも、もうちょっと庶民的に、少しくつろいでソファの上でパラパラ見てもよさそうな装丁にしました。

前回の本は、288ページもあるハードカバーの重厚な本なので、美少年様を敬意を持って観賞しようというスタイルでしたから、寝転がって見るという感じではありませんでした。今回は雑誌みたいで、装丁も気軽なものに、というイメージで作りました。もちろん、カジュアルだけど、本が好きな人にはちょっと凝ってるなと思わせる工夫もしています。あんまり敷居の高いものにはせず、気楽に買ってもらって観ていただけたらいいなと。だからお値段も前回よりは低めです。

– 今回の写真集デザイナーは、アパートメントでも所縁のある高見清史さんのようですが、どんなやりとりでしたか?

東京と佐賀という距離での編集作業でしたが、それを感じさせぬ激しいSkypeとメールの応酬で、頼もしいプロフェッショナルなデザイナーさんだと思いました。
私が東京にいないという物理的制約と、とにかく締切まで時間がない中で、こちらの意図を汲み取っていただき、さらに誤字脱字まで指摘していただく校正マンの役割すら果たして下さったり、色校についても代わりに印刷会社さんに赴いていただいたりと、八面六臂の大活躍で、どんなときも冷静に、丁寧に、私のヴィジョンを形にしていただいたことをありがたく思っています。こればかりはひたすら感謝あるのみです。

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*大串さんもつ少林寺の武僧のなかでも「美僧」「イケ僧」など独自の観点での作品がならぶ。


 ◆ この先の美少年論

– 早いかも知れませんが、「少林寺」の次のテーマとかは考えていますか?

大串:撮れるかどうかは別として、日本で興味があるのは皇太子様なんですよね。あれほど 美少年の “シズル感” がある方はいないんですよ。なんか、あの笑顔にある陰の深みとオーラがすごすぎて、一番撮りたいと思う所以です。

日本に忍者が現存していたらド真ん中だと思いますけど、いま観ることができる忍者ってショーのためのフェイクじゃないですか。そこでいうとサムライというのは、形をかえてサラリーマンだと思うんですよね。それこそ過労死なんて「ハラキリ、討ち死」と同じだと思うんですよ。だから、サラリーマンというのは現代におけるサムライであり、日本を代表するものじゃないかとは思っています。。

男というのは組織に生きる存在なので、絶えず我慢を強いられ、嫉妬心や悔しさみたいなものを出せるチャンスがあれば出したい生き物でしょう。そういう部分はイートン校に対するイギリス人の感覚や、隆盛を誇る少林寺に対するやっかみとも似ているし、男の本性かなと思っているんです。同時に、それこそが男性の魅力的な部分でもあるんです。男性のチームワークが何かへの対抗心から生まれてるときの感じがたまんなくて! サラリーマンが異常なまでの執念や嫉妬を抱えながら日々生きているかと思うと、観ていてワクワクするところもあるんです。何にしても、日本人の本質は我慢の極地みたいなものでしょうから、探せば色々と撮影のテーマにふさわしい組織や団体があるんじゃないかなとは思っています。

– 今後も原則的にはやはり“美少年”っていうのがモチーフになりますか?

大串:男の美意識というものが、その国を象徴するような様式美として極まってないと面白くないですね。「イートン校」は英国紳士の卵だし、「ドイツ軍」はドイツ人の愛する秩序の極致であり、無駄に美意識が現れているのがいいというか。「近代五種」は五輪種目なのに誰も観てないし、メダリストになっても誰にも知られないような競技ですが、ナポレオン時代の伝令兵に着想を得た自己犠牲な騎士道精神だったりするし、その精神は選手一人一人にも現れているんですよ。

「少林寺」も中国共産党とか近衛兵とかには見られない美意識がある。武術をやるからこそ備わる所作みたいなものが、歩いているだけの僧侶にも感じられるんです。いろんな弾圧を乗り越えて、1500年も滅びずに続いてる文化には、世界が認める何かがあるわけです。勃興する中国は嫌いでも、少林寺の武術は大好きっていう人はたくさんいる訳ですよ。

特殊な男性社会を撮影していて、誰もが皆役者ぞろいの中で、とりわけ目を引く「もってる」人に会えるのが醍醐味ですね。美少年でも最初から美しさに気づくとは限らない。真の美というのは、熟成や味のバランスで語るワインみたいなものではなく、究極に純粋な水のようなものです。美少年自身が究極の美をたたえていても、写真家である自分自身の目が曇っていたら、刺激の強い他のものに目がいってしまい、水や透明な光に気づかずに通り過ぎてしまうことはあるんです。他のカメラマンは気づかないけど、私の目はごまかせないぞ、という逸材をみつけたときに、「よっしゃ!」ってなりますね。

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< イベント詳細 >

【会期】2017 年1 月8 日(日)~ 1 月21 日(土)
【会場】銀座 ヴァニラ画廊  ギャラリー A/B
  *入場料AB共通500円
  平日12時〜19時 / 土日祝 12時〜17時 


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 Profile
大串祥子 /写真家

佐賀県生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。株式会社電通にてコピーライター・CMプランナーとして勤務。

退社後渡英、ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティング・ディストリビューティブ・アンド・トレード(現:ユニバーシティ・オブ・ザ・アーツ・ロンドン)写真学部フォトジャーナリズム学科(Postgraduate Diploma)にて写真を学ぶ。
在学中の1998年に始めたプロジェクト「アドニスの森 Men Behind the Scenes」では、イギリスの名門パブリックスクール・イートン校(’98年)、ドイツ連邦軍の兵役(’99年)、コロンビア軍麻薬撲滅部隊(2000-’01年)など、秩序、制服、階級、不条理にいろどられた究極の男性社会に潜入し、女性の視線から男性の美と謎を追い求めている。

http://www.shokoogushi.com/

 

写真提供 : Shoko Ogushi
Text・構成 :平野 倫(アパートメント)

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