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ヒャクブンはイッケンにシカズ (9)

2018年9月28日 - ヒャクブンはイッケンにシカズ / 連載

テキスト・写真     鈴木一成

 ◎ YOKO KUSANO

2014年に 写真新世紀で佐内正史選 優秀賞を受賞後、カルチャー誌やweb、音楽のジャケットに広告とか活躍の場を着実に拡げている注目の写真家 草野庸子の3冊目の写真集『Across the Sea』が ” 漸く” 発売となる。

” 漸く” と書いたのにはちょっとした個人的な理由がある。
2冊目の写真集とQUIET NOISE arts and breakでの展覧会の際にテキストを書くよと草野と約束していた。
だが、現在教員とギャラリーディレクターの仕事を並行して行なっている僕は期限がないと忙しさを言い訳にして約束を守らないなぁと反省していた頃に 3冊目の写真集の話を聞いた。

( 更にそれからも随分と時が経ち、同様に僕がここでテキストを書かない時間も過ぎていってしまったのですが… 反省。)

そんなわけでとにかく今回は草野庸子について書こうと思う。

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草野庸子は一言で云うと「才能に好かれる才能」なんだと思っていた。
彼女の周りには常に何がしか非日常の空気感が纏わり付いていたし、そう云う人達に囲まれていた。特異な環境に居て写真を撮る事はそれだけでとても特別なことではあるけれど、その環境に頼ることなく撮れる写真こそが草野の写真だよねと当時よく話していた。(覚えて居るんだろうか。笑)

今では多くの媒体で仕事をしているのを見かけるし、そのうちの多くの仕事は同世代や(僕らから見ると圧倒的に)若い世代のクリエイター達との仕事である。とても頼もしい。
そして彼女と街でばったり出会う時はだいたい友人や仲間と楽しそうに遊んでいる時だ。
才能は引き寄せあうんだよなぁなどとあらためて思う。

草野の 2冊目写真集 「EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)」は、疾うに幾つかの媒体で語られているが、高校生の時に震災を経験した彼女が「現在は一瞬で奪い去られて過去になっていってしまう」と気づいてから彼女自身が居る大切な瞬間を残していくように撮りためた末に辿り着いた写真集だ。そこには、何かに没頭したり興奮したりどこか騒々しい光景が繰り広げられて居るのだが、静かな耳鳴りのような緊張の糸が張り詰めている。それは彼女がその瞬間に没頭しているし、興奮しているし、そして常に観察者の立場でいるからなのではないか。

僕が草野とはじめて出会ったのは彼女が20歳になったかそこいらの頃で、僕が桑沢デザイン研究所で非常勤として学生達に写真を教え始めて未だ間もない頃だった。
良くも悪くも真面目に授業を受けるような学生ではなく、個人的には「期待できる」タイプの学生だった。
僕は彼女が撮って来る写真をみたり、遅刻してきた理由を気怠そう話しているのを聞いたりしてほとんど写真を(技術的にも理論的にも)教えるというような事はしていなかった。
ただ彼女が持って来る写真は決して上手いとは云えずとも、不意にふわっと心奪われて見てしまうような吸引力があった。
僕はとにかく沢山写真を撮って来てそれを見せて欲しいと云い、彼女は(ずっとフィルムで撮影していたので)定期的にそこそこの量のプリントを見せてくれた。そこにはぐちゃぐちゃだけどもキラキラとした”蒼さ”が写っていた。とても懐かしくもあり羨ましくもあるそんな瞬間が切り取られていた。こうして彼女が課題と称して僕に持って来た数々の写真を中心に構成された手作りの写真集(のようなもの)は写真新世紀で佐内さんに賞をもらうことになった。
これは後に卒業制作へと続き、結果的には自費出版の1冊目の写真集「UNTITLED」となった。

そこから2冊目写真集 「EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)」を振り返ってみると飛躍的に彼女は写真を理解し始めていたし、写真が日常になっていた。
クラブで遊ぶ人々、ビールを抱えるうさぎとペンギン、屋上で寝転んだり、海に飛び込んだり、酔いつぶれる友人。そして何も映さない車窓の風景や煙草の煙。被写体となるモチーフは1冊目と大きく変わらない、一見すると無軌道な若者たちの青春賛歌のような構成でありながらこの写真集を繋ぐのは植物と花々である。
草野庸子は同じようなモチーフを何度も撮る。(偉大な写真家たちだってそうだった)
打ち棄てられた植物、舌を出す犬、雑多に並べられた食事の数々、そして植物と花々。
過去の写真家達に花や植物は幾多の意味でもメタファーとして扱われてきた。
でもあるとき草野庸子が口にした「撮るものがなくったら花でも撮ってればいいかなぁ」「なんか花とか植物が良いんだよね。なんでもなくて」という言葉は、ただ其処に在るものとしてそれを見つめている自分のことなんだよなと思う。

 

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  ©️YOKO KUSANO , 「EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)」

 

今まさに彼女は写真家として根を張り、太陽の光へ向かって背を伸ばし、花を咲かせようとしている。
しかしいつかは枯れてしまう。
枯れてもなお愛される花もあるけど、大抵は打ち棄てられてしまう。

余談だけれど僕の部屋の片隅には 高橋恭司、小浪次郎、草野庸子作品が並んで飾ってある。この一角は個人的にはとても気に入っている。少なくともこの作品が僕の手によって打ち捨てられることは有り得ない。

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 3冊目の写真集はなんか大人っぽいんですよ~と草野が自信無さげに話してくれた1年とちょっと前から彼女はしっかりと成長しているし様子だし、大人っぽい写真集を出すには良いタイミングなのかも知れない。
1冊目、2冊目の写真集を見返しながら3冊目の『Across the Sea』を楽しみに待っている。

 

草野庸子『Across the Sea』
limited edition 700 copies
出版社:roshin books
http://roshinbooks.com/across.html

 


◎ 鈴木 一成 /SUZUKI Kazushige
1972年 東京生まれ。桑沢デザイン研究所写真研究科卒。
3年間の渡仏生活を経てフォトグラファーをしながら個展やグループ展で作品を発表。
巡り巡って現代アートの Gallery OUT of PLACE TOKIO にて、ディレクター業、桑沢デザイン研究所 VD分野 専任教員。ゆっくり制作、たまに作品展示。
http://kazu72shige.tumblr.com/

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プロフィール写真
©Jun MIYASHITA

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